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京都地方裁判所 昭和49年(レ)126号 判決 1979年2月23日

控訴人 増田寅夫

被控訴人 今井済一

主文

原判決を取消す。

被控訴人より控訴人に対する京都簡易裁判所昭和四五年(イ)第二五三号貸金和解事件の和解調書に基づく強制執行はこれを許さない。

訴訟費用は、第一、二審を通じて全部被控訴人の負担とする。

本件につき、当裁判所が昭和四九年一一月二五日になした強制執行停止決定(昭和四九年(モ)第二〇七〇号)はこれを認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文第一ないし第三項と同旨。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二主張

当事者双方の主張は、次に附加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一  控訴人

本件和解調書第一項の一、五〇〇万円の消費貸借の事実も存在せず、また同第二項の仮登記を移転する意思は控訴人には無かつた。右に関する控訴人の意思表示は、真意ではなく、このことは相手方である被控訴人においても知り又は知りうべきところであつたから、民法九三条但書の規定により無効である。

二  被控訴人

控訴人の右主張を否認する。

第三証拠関係<省略>

理由

一  被控訴人を申立人(債権者)として控訴人を相手方(債務者)とする左記和解条項を含む京都簡易裁判所昭和四五年(イ)第二五三号貸金和解事件の昭和四五年一〇月二〇日付和解調書(以下、「本件和解調書」ともいう。)が存在することは当事者間に争いない。

和解条項

1  控訴人は被控訴人に対して借用金債務金一、五〇〇万円およびこれに対する利息金五五一万六五五〇円ならびに右元金に対する昭和四五年四月一日より完済に至るまで日歩金八銭二厘の割合による金員の支払義務あることを認め、同年一一月三〇日迄に右元利金合計金額を被控訴人方へ持参して支払う。

2  右債務の担保として、控訴人はその所有する別紙物件目録記載の物件(本件和解調書の記載は物件目録第一のとおりであり、現登記簿上の表示は物件目録第二のとおりである。以下「本件物件」という。)につき京都地方法務局嵯峨出張所昭和四二年四月五日受付第八八一七号をもつて停止条件付所有権移転仮登記がなされていることを認める。

3  (第三項省略)

4  控訴人において第一項の元利金を支払期日に不払の時(中略)は通知催告の要なく当然期限の利益を失い、控訴人は本件物件を代物弁済として被控訴人にその所有権を移転し、第二項の仮登記に基づき本登記手続をなす。

この場合には、控訴人は本件物件を現状有姿のまま被控訴人に対し無条件にて即時明渡す。

5  前項の場合、本件物件価格を金二、五〇〇万円と協定し、その当時の債権債務との過不足を清算する。

6  (第六項省略)

二  (本件和解調書成立に至る事実関係)

1  成立に争いない甲第一号証の一、二、同第五号証、同六号証の一、二、同第七、第八号証、同第一三ないし第一五号証、同第一七号証(ただしその一部)、同第一九号証、同第二一号証、同第二三号証、乙第九ないし第一七号証、同第一九号証(甲第一七号証、第一九号証、第二一号証、第二三号証、乙第九ないし第一七号証、第一九号証はいずれも原本の存在も争いがない。)原審証人今井真(第一、二回。ただしその一部)、同陳明植、同八木タメ、同増田種子の各証言、原審における控訴本人尋問の結果を総合すると次の事実が認定できる。

(一)  控訴人は、昭和三八年九月頃、訴外高山京一の訴外株式会社京都相互銀行(当時の商号は株式会社昭和産業相互銀行)に対する高額の債務について妻種子と共に連帯保証をしたとされていたことから、訴外銀行から強制執行を受ける虞れがあつた。そこで、控訴人は、知人の訴外今井良明こと陳明植にその対策を相談したところ、明植は、右強制執行から控訴人の財産を守るために、控訴人所有の本件物件に架空の担保権設定登記をしておくことをすすめ、昭和四二年四月五日、本件物件につき明植の兄の子である訴外陳臣雄を権利者とする債権額一、五〇〇万円の抵当権設定登記をなし、更に右債務不履行を停止条件とする代物弁済を原因とした所有権移転仮登記その他停止条件付賃借権設定仮登記等をなし、またその頃、同じく明植の兄の子である訴外石川義雄を権利者とする所有権移転請求権仮登記、賃借権設定請求権仮登記、賃借権設定登記等をなした。右各登記は、いずれもその原因たる債権債務関係は存在せず、各登記権利者と控訴人との通謀による仮装のものである。

(二)  その後、被控訴人の子訴外今井真が、控訴人や妻の種子に対して明植の側の者を権利者とする登記を存置することは危険であるから、これを抹消する方が良いと強くすすめ、控訴人や種子もこれに同意したので、真は明植に対して前記各登記の登記済証及び登記抹消の委任状の交付を求め、明植はこれに応じて右各書類を真に交付した。ところが、右委任状の委任事項が空白であつたことから、真及び被控訴人は、この委任状によつて前記各登記について被控訴人名義に移転登記しておくことをすすめ、控訴人もこれに同意して昭和四二年一〇月下旬から同年一二月にかけて前記の臣雄、義雄を権利者とする各登記を全部控訴人に移転する旨の登記がなされた。しかしこの登記についても前同様に被控訴人と控訴人間に各登記の原因となるべき債権債務関係は存在せず、右両者の通謀による仮装のものであつた。

(三)  ところが、右各移転登記後において、被控訴人や真は控訴人に対して右抵当権設定登記に表示の債務額一、五〇〇万円について、この債権が存在することを認めてこれを支払うように執拗に要求するようになり、遂に、控訴人は、被控訴人が要求するままに本件和解調書を作成するに至つた。しかし、右和解成立当時においても、控訴人は被控訴人に対して何らの債務を負担していたものでなく、また右和解によつて控訴人が被控訴人に対して債務を負担したものでなく、和解条項にいう債務の承認支払いの約定その他本件物件の権利移転等に関する控訴人の意思表示は、その真意によるものでは無かつた。

2  原審における被控訴本人、証人今井真の各供述中には、右認定に反して被控訴人が一、五〇〇万円を控訴人に貸付けたとの趣旨の供述部分があり、また甲第一七号証、乙第二〇号証中にも被控訴人の右同旨の供述記載があるが、証人今井真の供述については伝聞によるところであり、また被控訴人うそ人は、一、五〇〇万円の金の出所について、昭和三九年から同四二年にかけて堅田所在のパチンコ店経営により得た金で、経営時の純益は一日平均一万三、〇〇〇円余あつたと供述するが、同人から右店舗を譲り受けた金鐘浩(原審証人)が、同人は前にパチンコ店を経営した経験を有するが、昭和四四年六月から右パチンコ店を開店したところ、経営不振で当初の店員五名を三名にし、パチンコ台九九台を八、九台減らして経営の合理化をはかつたが総水揚一三〇万円から経費を控除するとほとんど利益が残らず、結局昭和四六年二月頃廃業した旨供述しており、従前パチンコ店経営の実績のある同人が経営したのに純益が残らず廃業に追いこまれていること及び被控訴人主張のとおりの純益のある店ならば、これを格別の理由なく売却すること自体不自然であること、さらに、被控訴人は右金員を自宅で保管していた旨供述するが、一、五〇〇万円もの大金を現金のまま預金もせずに手元におくことは職業収入がなくなつた被控訴人の金員の保管方法として自然といえないこと等からみて被控訴人主張の金員にはその出所・保管につき疑問があり、更に、控訴人が当時経済的に困窮するなどして多額の金を必要としていた事情ないしは現実に控訴人が被控訴人主張の金員を費消しているような事実を認めるに足りる資料はなく、又、貸付に至る動機の点からみても、被控訴人が従前クリーニング店を経営していた際挨拶を交わす程度にすぎなかつた控訴人(被控訴人の供述により認められる)に対し、明確な利息、支払期限の約定のないままで、一、五〇〇万円もの大金を貸付けることは通常ありえないことである。このような諸点を合せ考えてみると、証人今井真や被控訴人の供述部分は前掲各証拠に照らして信用し難いものである。

また、乙第四号証、同第六、第七号証の書面が存在し、これらの書面には控訴人が被控訴人から一、五〇〇万円を借りた旨の記載があり、被控訴人の供述(原審)によると右書面はいずれも控訴人が作成したものと認められるが、乙第四号証の一、五〇〇万円の受取書の作成日は昭和四二年一〇月一七日であり、これは前掲証拠により認められる本件物件につき被控訴人へ権利移転登記申請がなされた最も早い日である同年同月二五日よりも一週間も前であり、一、五〇〇万円という高額の金員の貸借について担保権設定登記より一週間も前に金員の授受が行われたというのも不自然であるし、一方には甲第一三号証(念書)のように控訴人名義の各登記が架空のものであることを認める旨の今井真作成名義の書面も存在するのであり、本件貸付がなされたと被控訴人が主張する日の前後である昭和四〇年ないし同四五年頃控訴人は狭心症等の発作と入院を反復し精神的肉体的に疲労の状態にいたこと(甲第一四号証、控訴本人の供述により認められる。)、その他前掲の各証拠とも対比してみて、右乙号各証も控訴人の真意から作成されたものと認め難く、これをもつて前記認定を左右することはできない。

その他口頭弁論に提出された全証拠を検討してみても、前記認定を覆すに足るものはない。

三  (控訴人の主張について)

控訴人は、本件和解は通謀による虚偽表示であると主張するが、前認定の事実関係からして、本件和解が控訴人の真意によるものでないことは言を俟たないが、一方の当事者である被控訴人においては和解内容の真実性を主張していたのであるから、当事者の通謀による虚偽表示とまでは言えないところであり、また控訴人主張の強迫による意思表示の点についても、これを認めるべき資料もないから、右各主張はいずれも採用できない。

しかしながら、前認定の事実からして、本件和解の各条項につき合意するとの控訴人の意思表示は、その真意から出たものでないことは明らかであり、かつ前記の本件和解に至る経緯からみて、被控訴人としても、控訴人の意思表示が真意によるものでないことを知つていたか、少なくともこれを知りえたものであることを推認するに難くないところである。

してみると、本件和解についての控訴人の意思表示は民法九三条但書により無効であり、したがつて本件和解は全部無効と断ぜざるをえないところであつて、本件和解についてその執行力の排除を求める控訴人の請求は理由があるというべきである。

四  よつて、右と結論を異にする原判決は不当であるから民事訴訟法三八六条により取消し、控訴人の請求を認容し、訴訟費用の負担につき同法八九条、九六条を、強制執行停止決定の認可につき同法五四八条、五四七条、五四五条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井玄 野崎薫子 岡原剛)

(別紙)物件目録(第一)<省略>

(別紙)物件目録(第二)<省略>

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